天祖山・水松山

29日の夜から30日にかけて、日本海側は警報級の大雪ということで、都心でも積雪があるかもしれないという予報でした。
結局都心では雪は降りませんでしたが、奥多摩の標高が高いところだったら雪が積もっているかもしれないと思い、雪の上を歩きたくて奥多摩に行くことにしました。
奥多摩の中でもこれまであまり歩いていない、日原から長沢背稜に登る尾根を歩いてみたいと思い、その中でもどの尾根にしようか悩みましたが、以前に山田 哲哉さんの本で読んで気になっていた天祖山に登ろうと思い、天祖山を経由して長沢背稜の水松山まで行くことにしました。
奥多摩駅から鍾乳洞行きのバスには、10人ぐらいの登山者が乗ってましたが、僕以外は全員が川乗橋で下車していきました。
バスに乗っている間に便意を催してきたので、トイレに寄ってから出発しようと思い、自由乗降区間の観光用トイレの前で降ろしてもらいましたが、冬季閉鎖中で使用できず。

まずは登山口まで2kmちょっと日原林道を歩きます。
天祖山は東側に大きな石灰岩があって採掘場になっているそうですが、この辺りはどこも石灰岩だらけで、林道を歩いている間も日原川の対岸には大きな石灰岩の岩壁が見えていました。

遠くに見事な三角錐の形をした山が見えてきたので、あれが天祖山かなと思って撮影しましたが、後で調べてみたら天祖山の手前の1355のピークでした。

バスを降りてから40分ほどで登山口に到着。
このまま日原林道をずっと歩いて行けば、富田新道や二軒小屋尾根にも行けるので、いつか行ってみたいとは思いますが、林道歩きがものすごく長いので、なかなか本当に行こうという気持ちになれません。

1時間ほど登ったところに、荒廃した神社のような建物がありました。
この道は山頂の天祖神社への表参道だったようで、明治時代には天学教の信者達が修行の為にここを登ったそうです。
今回は僕も修行というか体力トレーニングの為に15kgほどの荷物を背負っていたのですが、登り始めからずっと急登が続いて、かなりきつかったです。
この日は風がとても冷たく、立ち止まって休むとすぐに体が冷えて指先が痛くなりました。

前半は胸を突くような急登が続きましたが、1355のピークを過ぎた辺りからはなだらかな登りになり、神社の跡からさらに1時間ちょっと歩いたところで、天学教の社務所が見えてきました。

窓が開いていたので中を覗いてみました。
かつては毎年8月の上旬に信者達が登ってきてここで宿泊していたそうです。
もうこの建物が使われなくなって何十年も経っていると思っていたので、すっかり廃墟になっているのかと思いましたが、中を見るととても綺麗で、備品などは真新しいものもありました。
誰かまだ手入れをしている人が居るのでしょうか。

社務所から少し歩いたところの山頂に天祖神社がありました。
この辺りは西日がよく当たるようで、山頂の東側だけ雪が残ってましたが、東側以外には雪は全くありませんでした。
どうやら昨夜はこの辺りでも雪は降らなかったみたいです。

天祖山からさらに1時間ほど歩いて、長沢背稜に到着。
長沢背稜の稜線には少し雪が残っていて、ほんの少しだけ雪の上を歩くことができました。

水松山(あららぎやま)の山頂に到着。
長沢背稜上で水松山の両隣にあるピークの方が高く、非常に地味な山ですが、どういうわけか東京百名山とか多摩100山に選ばれているそうです。
この日の目的の山頂には到達したので、後は下りです。
この近くで歩きやすそうな尾根というと、まず目につくのはタワ尾根ですが、タワ尾根を初めて歩くときはやっぱり登りで歩きたいので、今回は水松山の中尾根を下って孫惣谷林道に降りることにします。

中尾根を少し下ると、天祖山の東側が見えます。
天祖山の山頂の東には、かつては立岩という巨大な岩峰があったそうで、天祖山は昔は立岩山とか白石山とか呼ばれていたそうです。
しかし今は石灰石の採掘現場となっており、立岩はもう影も形もありません。
ネットで検索すると在りし日の立岩の写真が出てきますが、それはそれは立派な岩峰だったようです。

水松山中尾根はあまり歩かれてないようで踏み跡がほとんどなく、ピンクテープもないので、尾根が分かれるようなところはGPSで方向を確認しないと不安になります。

尾根の末端近くから孫惣谷に向かってトラバース気味に降りていき、孫惣谷の沢床に降りました。
ここからは沢を下って林道まで降ります。

ここのところかなり寒い日が続いているので、沢の表面が凍っていました。
氷のカバーの下を水が流れていましたが、どうやってこういう形で水が凍っていくのかが不思議で、とても気になります。

本日の核心部はここでした。
降りてきた後に下から撮った写真ですが、ここだけは水流から離れたところを回り込んで降りることができず、左岸側をへつって降りました。
足元に枯れ葉が積もっていて岩と氷の境目が分かりづらく、氷に体重をかけたら割れるか滑るかして落ちそうで怖かったです。

その後は無事に孫惣谷林道まで降りてこられました。
ここからは林道歩きが長いですが、石灰石の採掘場の脇の林道をひたすら歩いていきます。

こんなところに、こんなに巨大な石灰石の岩壁があったのかと驚きました。
そしてこの岩の上では今もまさにパワーショベルで採掘の作業中で、岩壁の横っ腹には発破で空けられた大きな穴があったりして、この岩壁がクライミングの為のものではなく単純な資源として使われていることに、クライマーとしては何かわびしい気持ちにもなりました。
しかし石灰石の採掘は今では日原の基幹産業として、地域住民の経済を支えているわけです。
ここで採掘を行っている奥多摩工業について調べてみたら、そもそもJR青梅線の御嶽から奥多摩の間の線路は、この辺りで採れた石灰石を輸送する為に奥多摩工業が敷設したものだそうで、現在の奥多摩の発展はこの石灰岩があってこそなんだなと思いました。
昔ある高名なクライマーが言っていたことですが、クライミング界ではいくらチヤホヤされていても、石灰岩は所詮はセメントの原料なんだということを、改めて思い知らされた気がします。
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