小仏峠越え

この日は夕方から予定があって早めに帰宅しないといけなかったので、近場でどこか歩きに行くことにして、いつかやりたいと思っていた小仏峠越えをやってみることにしました。
小仏峠は、江戸時代に整備された五街道の一つの甲州街道の一部で、その峠越えは笹子峠と並んで甲州街道中の難所として知られていたそうです。
旅人たちはもちろん、大名行列なんかも通ったはずで、新選組も京都に行くときには小仏峠や笹子峠を越えていったらしく、峠越えを愛好する者としては歩いておかないといけない峠です。
ただ小仏峠越えだけをやろうとすると短すぎるので、藤野駅からスタートして途中にある峠をことごとく越えてゆき、最後に小仏峠を越えて高尾を目指すことにしました。
そんなわけで、7時20分頃に藤野駅を出発。
おそらく陣馬山へ向かう登山者たちが何人か同じ道を歩いていて、その人たちは写真の道路を真っすぐ歩いていきました。
僕は少し先のところから右の方に入っていき、この日の最初の峠となる奈良本峠を目指して、まずはこの写真に写っている山を登ります。

300mほど登って稜線に出て、峠を越えて反対側の栃谷に下ります。
体力トレーニングも兼ねて余計な荷物を10kgぐらい背負ってきているので、ここまでの急登がなかなかきつかったですが、こんな感じで峠を4回越える予定なので、まだまだ序の口です。

栃谷に降りてから沢沿いの道路をしばらく歩いて奈良子尾根に取り付き、40分ほどで奈良子峠に到着。
大通りのような奥高尾縦走路を横切って峠を越え、また反対側へと降りていきます。

奈良子峠から陣馬高原下の方へ降りる道はほぼ廃道のようで、登山詳細図にもルートが書かれてませんでしたが、古いピンクテープがたくさんあり、少し下ると林業の仕事道のようなしっかりした道がありました。
下の方は大分荒れてましたが、かつてはちゃんと整備されていた道の名残があり、まぁ普通に歩けました。

下の林道まで降りてきて、林道の分岐のところから今度は底沢峠に向けての道をまた登ります。
ここから底沢峠に登る道はやたらとトレイルランナーが多く、10人ぐらいのランナーとすれ違いました。
どうやら「高尾トラサルディ」というトレランの人気ルートの一部になっているようです。

また奥高尾縦走路に出て、底沢峠から底沢に向けて下っていきます。
ほんの一瞬だけ奥高尾縦走路を歩きましたが、犬連れの人や猫を連れている人まで居て、公園のような雰囲気でした。

下り始めてすぐに左膝が痛くなってきたので、余計な水を捨てて軽量化。
底沢峠から底沢に降りる道にはいくつか道標がありましたが、登りの方向には底沢峠ではなく明王峠と書いてありました。
底沢峠は昔は明王峠と呼ばれ、小仏峠が開かれる前はこの道が武蔵から甲斐へ越える主要な道だったそうです。
現在は明王峠というと底沢峠の隣の峠なのでややこしいです。

底沢に降りて、本日の最後の峠となる小仏峠を目指してしばらく車道を歩きます。
いつも山梨方面に行くときに車で通る中央道が見えて、増設工事中の新小仏トンネルへの道路も見えました。

そしていよいよ小仏峠への入り口に到着。

大名行列も通ったというから、もっと広い幅の道を想像してましたが、意外と狭いのと、石がゴロゴロしていてちょっとした段差が多く、さすがに江戸時代とは様子が違うのでしょうが、荷馬車とか籠がこんなところを通っていたとは思えないような感じでした。
そして無事に峠を越えて反対側の小仏に降り、ちょうど高尾駅行きのバスが停まっていたので、バスに乗って帰りました。
僕が子供の頃にテレビでやっていた「まんが日本昔話」というアニメが好きでよく見ていましたが、昔話の舞台はだいたい山奥の寒村で、主人公の家族の誰かが病気になったりすると、峠を2つか3つ越えた先のところに医者を呼びに行くような場面がよくありました。
「峠を2つか3つ越えたところに医者を呼びに行くってどんな感じなんだろう」と子供ながらに思っていたので、今回実際にいくつもの峠を越える経験ができてよかったです。
想像していたよりもずっと大変でした。
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