瑞牆山 Century Prelude(敗退)

kwtさんと瑞牆山の十一面岩にある「Century Prelude」というマルチピッチのルートを登りに行きました。
「Century Prelude」は佐藤祐介さんが開拓し、ROCK&SNOWの95号で2022年に発表された新しいルート。
その前年に再開拓された「翼ルート」のバリエーション的な感じのルートで、「翼ルート」の最後の5.10cのピッチを避ける形で、5.9までのグレードで十一面岩の頭に立つことができる、十一面岩の入門ルートの1つのようです。
僕はまだ十一面岩の頂上まで登ったことがないので、是非このルートを登って十一面岩の頂上に立ってみたいと思い、今回行くことにしました。

取り付きジャンケンでは僕が勝利。
「Century Prelude」は4ピッチ目までは「翼ルート」と共通で、2ピッチ目までは「山河微笑」とも共通となっています。
「山河微笑」の2ピッチ目はグレードは5.8ですが、すごく立派なチムニーのようなので、そのチムニーをリードで登りたいと思ってましたが、瑞牆本の「翼ルート」の説明を読んでいたら、3ピッチ目が驚くほど美しいと書かれていたので、悩んだ末に奇数ルートを僕が登ることにして、10時頃に登攀開始。
1ピッチ目(5.9)は意外と出だしの広いクラックが登りづらく、凹角を出てからは快適なフェイスクライミングでした。

2ピッチ目(5.8)の大チムニーを登るkwtさん。
この日は1日晴れの予報だったので、2ピッチ目以降は日が当たってポカポカのクライミングになると思っていたのですが、kwtさんが登っている途中で雨が降り始めました。
結構しっかり降ったので、これは最悪ここで敗退かなと思いましたが、kwtさんが無事にこのピッチを登り終えたので、とりあえず僕もフォローで登攀開始。
意外とチムニー内にホールドはあるので登りやすかったですが、基本的には長いチムニーをズリズリと登る感じで、何回でも登りたいと思える楽しいピッチでした。

僕がフォローで2ピッチ目を登り終えた頃には雨は止んでいて、また晴れてきたので、このまま続行することにしました。
そして2ピッチ目を登り終えたところから、右の方に少し歩いていき、3ピッチ目のクラックを探します。
トポには、「こんな所にこんな美しいチムニー、クラックがあったのか!と驚くピッチ。」と書かれていますが、どうにもそれっぽいクラックが見つかりません。
これが美しいチムニーなのかな?と若干の疑念を抱きながらも、上の方に綺麗なクラックが見えているので、この写真のところを登ることにしました。

左の方には綺麗な長いコーナークラックが見えていて、トポの図と岩を見比べながら、これが「スコール」の3ピッチ目なのかなとこのときは思っていました。

ちなみにこれが3ピッチ目で登ることにしたコーナークラック。
出だしはハンドサイズに見えますが、上の方がどうなっているのかよく分かりません。
とりあえずハンドジャムを効かせて登り始めてみましたが、すぐにルートが違っていることに気が付きました。
トポには快適そのもののハンドサイズと書かれていますが、途中からクラックが閉じてハンドは全然効きません。
かといってここからカムを回収しながら降りるのも面倒だし、プロテクションは一応採れるし、少し頑張って悪いところを突破すれば何とか登れそうなので、このなんだか分からないクラックを登ってみることにしました。
グレードも何も分からない状態でしたが、周囲をよく観察したら何となく登り方は分かったので、気合いと共に体を上げていき、上部のオフウィズスも突破して、このピッチをオンサイトで登ることができました。

3ピッチ目をフォローで登るkwtさん。
上部は短いですが綺麗なオフウィズスになっていて、何のルートかは分からないにしても、とても楽しいピッチでした。
逆にこのクラックの事前情報が何もない状態で取り付くことができて、自分で進退の判断をしながら登れたというのはとても充実感があり、トポ通りに「翼ルート」の3ピッチ目をなぞるよりも、自分にとっては価値の高いクライミングができたと思います。

3ピッチ目を登り終えたところからは2本のクラックが見えました。
なんかもうトポの図を見てもよく分からないけど、このとき僕らが立っていた場所は「スコール」よりも右の方だと思っていたので、この2本のどちらかが「翼ルート」の4ピッチ目だろうと思い、右のクラックは出だしが難しそうなので、比較的登りやすそうな左のクラックを登ることにしました。

左のクラックもなかなか難しそうでしたが、出だしのワイドを突破して、中間部で休むkwtさん。
上部もワイドで、トポの「翼ルート」の4ピッチ目の説明文とは全然違っていて、このピッチも一体なんなのか分かりませんが、とても綺麗なワイドです。
上部が大分難しかったみたいで、kwtさんは上部でテンションを掛けてしまいました。
何度かテンションを掛けて、最終的にカムエイドでトップアウトしましたが、kwtさんがこのルートを登り始めた頃にまた雨が降りだして、僕の体はずぶ濡れ。
気温も下がってきて、ビレイをしていた僕はすっかり体温が下がってしまい、指先の感覚が無くなり、全身が震え始めました。

ちょうど僕がフォローで登り始めた頃にまた日が出てきましたが、降り続いた雨で岩はビショビショに濡れていたので、もうとにかく早く登りたくて、下部はリードだったらできないようなムーブで強引に突破。
上部はちゃんと登ろうと思いましたがやっぱり難しくて、2度テンションを掛けた末にムーブ解決してトップアウト。
このクラックも何だかわからないクラックでしたが、すごく面白いクラックでした。

大きいカムが足りなくなってkwtさんがクラックの途中でピッチを切っていたので、リードを交代して続きは僕が登り、5mぐらい登ったところで傾斜の緩いところに出て、歩ける感じになりました。
そこから先の草付きの中に、十一面の頭の方に向かっていく踏み跡があったので、とりあえず「翼ルート」の歩きの部分に合流できたと思い、そのまま踏み跡を辿ることにしました。
ちなみにここまでの4ピッチ分を登るのになんと6時間近くかかっていて、時刻は既に16時。
この先は草付きを90m歩いてから、いよいよ「Century Prelude」のオリジナルピッチとなる最後の2ピッチを登るというところでしたが、1ピッチ登ったところから歩いて下降できるようなので、そこで終了にすることにしました。

横の方を見ると「黄金の風」の5ピッチ目の大チムニーが見えます。
すごい長さの真っすぐなチムニーで、トポによってグレードが5.9だったり5.10aだったりしますが、この見た目でそんなグレードというのがちょっと信じられません。
このチムニーの上の方には「黄金の風」の9ピッチ目のクレセントクラックが見えていて、それも素晴らしいクラックでした。
「黄金の風」もいつか登ってみたいですが、今日の感じだとこの5ピッチ目の大チムニーだけで2時間ぐらいかかりそうです。

アプローチシューズに履き替えて草付きをしばらく歩き、岩にあたったところで右に回り込んで、残置ロープを掴んで登って行ったところで「Century Prelude」の5ピッチ目のチムニーを発見。

5ピッチ目の取り付きからの景色。
この日は天気予報が外れたのか、一日中雨が降ったり止んだりの天気でしたが、そんな中でがんばって登った甲斐もあって凄い雲海が見れました。
雲海から鉄塔がピョコっと出てるのが可愛いです。

「Century Prelude」の5ピッチ目のチムニーを登るkwtさん。
ここは短かったのですぐ終わりましたが、十一面岩の肩に出た頃には既に薄暗くなりはじめていたので、急いで下降路を探して下り始めました。
なんとか真っ暗になる前にシロクマのコルの辺りまで降りることができましたが、2人共ヘッデンを取り付きのザックに入れてきてしまったので、そこからの樹林帯はスマホのライトを頼りに歩き、無事に取り付きまで戻ることができて、19時半頃に駐車場に帰れました。
今回、僕らはトポを見て「Century Prelude」を登りに行きましたが、トポ通りのラインではなく別のラインを登ることになりました。
元々は「Century Prelude」を登るつもりだったのだから、ルートを間違ったわけですが、その結果として全く何も情報がないクラックに取り付くことになり、そのクラックを落ちずに登ることができました。
このようなクライミングこそ、僕がずっと憧れていたクライミングで、それでも実践することは多分ないだろうと思っていたものなのです。
昔のROCK&SNOWで佐藤祐介さんがオンサイトについて書いている文章を見て、僕もいつか何も情報がないクラックで、本当のオンサイトトライをしてみたいと思っていました。
“本来的な意味合いからすれば、トポからグレードを知ったうえでトライするクライミングもオンサイトとは違うはずだ。「このルートは5.11aだからこんなムーブは出てこないだろう」などと、クライマーは違うムーブを探り直せるからだ。私が心の底から本当のオンサイトと思えるのは、アルパインの初登ルートでルートを切り開いているときに限られる。「このラインは、本当に人間に登れるのか?」と不安にかられながらも突き進むときの別次元の真剣さを私は知っている。それが本当のオンサイトだと私は思っている。「このラインは5.12で登れます」と教えられて登るのとはわけが違うのだ。”
(ROCK&SNOW Vol.95 佐藤祐介さんの「現人神」5.12b オンサイトの記録より)
佐藤祐介さんがやっているようなアルパインの初登ルートのオンサイトとは、やっぱりスケールも次元も全く違いますが、自分に登れるかどうかすら分からないところを、敗退の可能性も考えながら登る方法を模索していくという、この行為こそが僕が求めていたクライミングなんだと思える確かな手応えがありました。
帰りの車の中で、僕らが登った3ピッチ目と4ピッチ目のクラックは一体何だったんだろうと思って調べてみたら、3ピッチ目で僕が登ったのは「スコール」の3ピッチ目だったことが判明。
グレードは古いトポでは5.9、最新のトポでは5.10cになってましたが、僕の体感ではちょうど真ん中の5.10a/bぐらいの感じでした。
そしてなんと4ピッチ目のワイドクラックは、「山河微笑」の最終ピッチの5.10aのワイドでした。
「山河微笑」の最終ピッチは5ピッチ目だからもっと上のはずだと思ってましたが、トポをよくよく見たらビックリ、なんと「山河微笑」の4ピッチ目はクライムダウンのピッチだったのです。
今回は僕もkwtさんもあの辺りのルートを登るのが初めてだったのと、2人共あまり事前に詳細に調べないタチだったということもあって、すごく特別な体験ができました。
今回のことであの辺りの概要は把握できたので、今度「翼ルート」を登るときはちゃんとトポ通りのラインで登ってみたいと思います。
kwtさん側から見た記録はこちら
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